験担ぎというのは実に単純なものです。例えば朝食を抜いたから試合に勝てたと信じ、
次回から試合の日には必ず朝食を抜くというような行為を続ける事です。
色んな思いが
験担ぎには込められていて、どんな行為をするかはその人により、それぞれ違ってくるんです。
験担ぎは多種多様で、これといった明確な決まりというものは存在しないため、
他人から見れば実にくだらない事でも、その人にとっては験担ぎが
重大な意味を持つ場合もあるのです。

験担ぎの語源の由来

験担ぎは、仏教的由来も関与していて、善行を積むことで、良い結果がついてくるということも示唆しています。
しかし、今の験担ぎは、そうした由来は無視されている感もあり、単なる語呂合わせ的なもので、良い結果を期待するというものに変化してきています。
前に良い結果が出た時の行為と同じことをすることで、また、良い結果を望むというのが、今の験担ぎであり、本来の由来からは、逸脱した感がなきにしもあらずです。
また、験には仏教の修行を積んだ効果という意味合いも含まれていて、験担ぎには、仏教的な由来も関与しているとする説もあります。
験担ぎというのは、単なるダジャレではなく、その由来を背景として、そこには思想が根強く残っているのです。
それだけ、験担ぎは、人々の心の中に住んでいるもので、多かれ少なかれ、何となく心の中にあるものです。
もちろん、験担ぎは、単なる言葉遊びと理解することもできなくはないですが、発展してきた由来や背景をみると、きちんとした思想的裏付けがあります。

験担ぎの語源の由来は、縁起を担ぐ、ということからきていて、そう考えると、意味も理解しやすいです。
しかし、そうした説が有力視されているので、験担ぎの由来は、それで間違いのないところなのでしょう。
しかし、逆さ言葉で、えんぎが、ぎえんになり、そこから変化して、げんになって、験担ぎという由来は、実に滑稽です。
験には仏道の修行を積んだ成果などの意もあるので、験担ぎの由来には、効果、効能の意味合いも含まれています。

験担ぎというのは、単なるダジャレと称する人もいますが、それほど安易なものではありません。
縁起を担ぐというのが、そもそもの験担ぎの由来ですが、江戸時代に流行った逆さ言葉からきています。
逆さ言葉が流行ったことで、縁起をぎえんと呼ぶようになり、そこからそれが、げんに変化して、験担ぎとなったというのが、真の由来です。

カテゴリ: その他
カテゴリ
ログイン
RSS